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2008年7月

入院1日目

カンガルーケアを終え、私は病室へ。

ゆうたんは新生児室に行くかと思いきや・・・助産師さんに「もう少し一緒に

いる?」と聞かれ「はい。」と答えてしまったsweat02

かなりぐったりしていたから正直ちょっと寝たかったのだがまぁせっかく

だからと返事をしたのだ。

この病院は本当に規則がゆるいというか自由な感じ。

普通、生まれたてのあかちゃんって大事に大事に隔離される事の方が多い

はず。

生まれた直後からこんなに一緒に過ごせるなんて思ってなかった。

19時に部屋に移り20時までゆうたんと一緒にベットで寝ていた。

ゆうたんを腕の中に抱いたままうとうと。

・・・なんとなくおしりの辺りに違和感が・・・

シーツに血がもれていたshock

あのぶっといナプキンはでっかいだけでショーツにくっついてる面が少し

しかないし、すぐによれてしまう。

横漏れするわ!!!そりゃdash

ナースコールをしてシーツを変えてもらう間にトイレに行っといてと言われ

立ってみたらふらふらふら・・・・・

私の体はどうなってしまったの???ってなくらいふらふらふら・・・

出産って本当に命がけなんだと実感。

一旦横になり1時間したらまたトイレに行くように言われなんとか行ったけど

傷口が怖くて座るのも恐る恐る・・・bearing

清浄綿で拭くように言われたけどどこが傷口かわからなくてそぉぉっと

探しながらあててみたら・・・こんもりとした山がある!

怖い~~~~!!!

本当に出産っていろいろ大変crying

時間が経つにつれ麻酔が切れて傷口が傷んできた。

薬をもらっていたのを思い出しとりあえずご飯を食べなければと無理やり

口に入れるが吐き気がする。

半分まで頑張って食べて薬を飲んで横になる。

長女がくれたアイスがあってLDRには冷蔵庫があったけど部屋にはなくて

詰め所で預かってもらっていたのを神戸帰りの旦那サマに取りにきて

もらうまで少しだけ眠れた。

23時30分くらいに旦那サマが来てくれた。

出産の事。結婚式の事。

二人でアイスを食べながら話をして長い一日を振り返った。

帰っていく旦那サマについて帰りたかった。

ルナの事も心配だったから。

初めての入院はなんだかせつない夜だった。

出産③

あかちゃんを生み終えた私の第一声は・・・

やっとおわったぁ~~~~(;д;)

旦那サマを見て・・・「もう二度と生まない!!」

旦那サマ・・・大爆笑happy02

処置が終わり帽子をかぶせられ私の胸にやってきたゆうたんheart01

Img_2456 先生達が「これは3300gじゃないぞ・・」と。

足から向こうはカーテンがひかれ見えない。

縫合をしていた。

麻酔が効いてるけど糸を引っ張るのがわかるsweat02

そしてチクチク痛いbearing

「あらぁ~裂けてるな・・・」

怖い会話が聞こえてくる・・・

切開した以外も裂けたらしく縫合にも時間がかかった・・。

動かないでといわれるが痛いsweat01

その上お腹をぐりぐりさすられる・・・

子宮の戻りを良くする為らしいがこれまた痛いsweat01

やっと終わったと思ったのにまたもや次の痛い事が続く・・・。

ゆうたんの感触を楽しむどころではなかったdown

ふがふがといって動く私のあかちゃん。

あったかいふわふわのゆうたん☆

本当に生まれてきたんだなぁと不思議だった。

顔が見えないから手鏡でみせてもらうがむくんでいて誰ににたのかわからないsweat02

縫合も終わり、カンガルーケアをしているところへ姉妹達が入ってきた。

子供達も含め大人数だった。

みんなでわいわい言って写真撮りまくり。

しばらくしたら体重測定などの為にゆうたんは連れていかれみんなもそこへ

撮影しについて行った。

ちょっとして誰かが走って戻ってきた。

四女だ。

「kariちゃん!○○家(旧性)姉妹の中でダントツ一位だよ~!」

その四女の次女が3700g近くで一番だったから3800gくらいかなぁ~っと思った。

「4096g!」

・・・・・よっ4096g?!

まさか自分からこんなBigBabyが生まれるなんて!!

だれだよ~!3300gって推定したのは!!

誤差があるにしてもひどくない?

確かに先生はおかしいなぁっと言ってた。

お腹大きいのになぁって。

何度測定しても3300gになっていた。

どうやらゆうたんは体重の割には頭が大きくなかったようです。

予定日を1日超えただけなのにこの体重。

もっと遅れていたらどうなっていたのだろう・・・恐ろしいshock

そりゃ出てこないわ~~お肉ぷりぷりのこの体が産道に引っかかっていたに

違いないsweat02

ちなみに入院直後に撮った写真。

Img_2444_2かなり大きいでしょsweat02双子?ってよく言われた。

間違いなく一人でしたcoldsweats01

旦那サマは神戸に結婚式に出席する為に行ってしまい、みんなも帰っていった。

LDRでゆうたんと二人きり。

ちょっと前までお腹にいたこの子が外に出て息をしている。

3月に見た夢を思い出した。

正夢だったのだなと思った。

新生児にしては大きなあかちゃん。

おてても大きい。

ゆうたんはわかっていたんだ。

自分が大きく生まれる事。

もしかしたら3200gで出てきてねって言ってたから1ヶ月早く生まれないと無理

だよって夢で教えてくれたのかなぁ。。。

願って願って授かった私のあかちゃん。

切迫流産になったりして大変だったけどこんなに大きく元気に生まれてきて

くれた事に感謝の気持ちでいっぱいでした☆

出産②

来ていた服を脱がされ上半身裸の状態で横になり背中を丸めるように

言われるが大きなお腹の為に丸めようがないsweat01

それでもなんとか丸める。

硬膜外麻酔で背骨に沿って針を刺しているようだった。

私は背骨の位置がわかりずらいと何度も針を入れなおし「動かないで!」と

言われるがそれって無茶なお願いcrying

だってさっきまで旦那サマに腰をさすってもらいながら耐えてた陣痛を今は

誰にさすられる事もなく、しかも横になったまま何もつかむものもなく頻繁に

やってくる陣痛にひたすら耐えていたのだ。

動くなという言葉に涙を流しながら耐えてみるが痛すぎてそうはいかない。

そして何度も位置がずれ先生も必死だったsweat01

でもこれを我慢できたら痛みから解放されるんだと思って動かないように努力

し続けたが結局針が入らないdown

(後で聞いたのだが極期の陣痛の時はじっとできないから難しいらしい。)

麻酔科の先生を呼ぶかとかいろいろ検討してもらったものの1時間が経ち・・

先生は断念した。

「次の手を考えるか・・・。」

と先生が言ったので私は帝王切開になるのかと思っていた。

その頃旦那サマは無痛の処置をしているはずなのに叫ぶ私の声が聞こえて

おかしいなぁっと廊下で思っていたらしいsweat02

ちょっと内診をしてみましょうと上をむくように言われる。

子宮口は7センチまで開いていた。

「進んできたね!よしこのまま産もう!」

・・・???えっ???

このまま???

陣痛はもうマックスレベルに達していた。

痛みから逃れられると必死で丸まって裸のままで寒くて震えてたのは何だったのshock

背中に何度も何度も針を刺され続けた1時間・・・。

もう・・気力なんて残ってなかった・・・

旦那サマがLDRへ呼ばれ麻酔ができなかった事を説明されていた。

絶望感にぐったりの私をみてなんとも言いようのない顔。

先生の手で人工破水の処置。

ぬるい羊水がバッシャーと出てそこにすかさず先生の手で子宮口をぐりぐりとやられ

広げていた。

それが痛いのなんのってcrying

陣痛はマックス・・

子宮口は手で広げられる・・

痛みから逃れるどころかもっと痛い事にdown

もうこの状況から逃げたくてしかたなかった・・・

仰向けになって陣痛を耐えるのもつらい・・・

誰にもさすってもらえない・・・

そうしているうちに子宮口は全開になった。

そしていきむように言われる。

もう生んでしまうしかこの状況からは逃げられないと力を振り絞る~~!!

長女の出産の時にうまくいきめずに苦労していて看護婦さんが固いうん○を

だすように!!っと言っていたのを思い出した。

私はもともと便秘症なのでそれなら自信があった(笑)

先生が上手だと褒めてくれるcoldsweats01

あかちゃんの髪の毛が見えているから頑張ってっと励まされる。

さっきまで寒くてふるえていたのに次は汗だくになりもう体はぐしゃぐしゃ。

酸素を吸わされあかちゃんにしっかり酸素を送るように鼻からすって口から吐く

ように言われるが呼吸が荒れているから鼻から吸って鼻から吐いてしまうwobbly

もうわけがわからないsweat01

長女が到着して私のお○たを見たようで「kari頭が見えてるからもうちょっと

頑張り!」と言って頭をなでなでしてくれて泣きそうになる。

いきめどいきめど進まない。

「今どのくらい?」と聞いたら「出口1センチ手前」と言われ、なぜそこまできて

いて出てこないのぉsweat01・・・っとまた泣きそうになる。

要するに私のいきむ時間が疲れて短くなっていたのだ。

陣痛がきたらふた呼吸おいて長くいきむように言われる。

上手上手っと褒められるがやっぱり出てこないdown

なんでやねん!!

そんなこんなしているとようやく頭が降りてきたらしく会陰切開が行われたよう

だが痛みは覚えてない。

気がついたらまわりにスタッフがたくさんいる。

いきむ。

ひたすらいきむ。

いきみに合わせてお腹も押される。

これは痛いと聞いていたけどこれは痛くなかった。はず?

「よし!ここからは自力で生みましょう」

・・・ん?何のこと?

どうやら吸引していたみたい。

長女が「頭が出てきたよ!頑張れ頑張れ!」というので

わかった~!!っとばかりに顔を真っ赤にしていきみ続ける!!!

「はい!次は肩が出るよ~!頑張って~」の一言に

まだいきむのか~??頭が出たらつるんと出るんじゃなかったぁ~~??

と思いながらもいきむ!

次の瞬間。

「はい!あかちゃんがでるからしっかり見てよ~!」っと頭を起こされ。

生まれる瞬間をビデオに撮影したいから足に布をかけてくださいといっていた

その布を剥ぎ取られ、ぼたんをとめる間もなく上にむかされてたから胸が

はだけるのを陣痛の合間も気にしながらいたのに私はほぼ全裸・・・。

あかちゃんが出た瞬間、私の目に移ったのは・・・しゅっとへこんだお腹だった。

うぉ~~へこんだ!あかちゃんが生まれたことよりそっちの方が先に感動して

しまったsweat02

その向こうに産声を上げる我が子がいたcoldsweats01

2008年4月5日 16時24分誕生shine

私の長くつらい陣痛は終わりを迎えた。11時間30分だそうだ。

 出産①

4月4日 出産予定日

朝起きてなんともないお腹に今日は生まれる気がなさそうだなぁっと思う。

数日前から夜中に前駆陣痛があったのだがこの日はなかった。

トイレに行く。

・・・・!!!

おしるしがあったのだ!

いよいよ生まれるんだとわくわく♪

出産には旦那サマと長女が立ち会う事になっていた。

長女の出産には私が義兄と立ち会った。

分娩室には入るのは義兄だけのはずがなぜか先生が「あんたも入り」といって

私を中に入れたという不思議な事に。

だから長女は私が産む時は立ち会うとずっと前から言っていた。

長女のあかちゃんが出てくるところをのぞいたのがばれて私の時にも出てくる

とこが見たいとsweat02

そんなこんなでとりあえず長女に連絡を入れた。

長女も前日におしるしがあって次の日のお昼に生んだから私も明日になるん

じゃないかと。

とにかく歩け!といわれ念の為休みを取っていた旦那サマとルナと散歩に。

桜が満開寸前で綺麗な青空の下、気持ちよくお散歩。

お腹ははるものの陣痛とはいかなかった。

なが~い階段を上がってみたがしんどいだけだったsweat01

夜になっても陣痛の気配なし。

今日はもうありえないなとお風呂へ。

お風呂でゆうたんに「予定日過ぎちゃったよ・・。明日はとぉと結婚式に行くから

明日は出てきちゃだめだよ!」と言ってなでなでした。

22時30分くらいからなんとなくはりの痛みが生理痛の感じに似てきた。

それは時間を増すごとにただのはりではないとわかった。

でも間隔はバラバラ。

とりあえず寝る。

はりの間隔が気になって眠れない。

痛みも強くなってくる。

10分間隔になったかと思えば遠のいていく。

夜中の3時。病院に連絡してみたらと旦那サマに言われるがとりあえず様子を

みることに。

初産婦は5分間隔になったら電話と言われてたから。

5時になる頃には5分間隔になり病院へ電話。

すぐくるように言われ準備をしてルナにしばしのお別れを言って出発。

6時30分に病院に到着。

すぐに診察を受ける。

子宮口は3センチ開いていた。

陣痛も3分間隔に。

その日の満潮はお昼前だったからきっとその頃生まれるだろうと信じていた。

私の姉妹は5分間隔から入院して6時間でみんな生んでいたから私もそうだ

と思ってたのとちょうど時間的に合っていたからだ。

LDRで旦那サマと話をしたりTVを観たりしながら時を待つ。

9時になる頃には痛みもきつくなり陣痛の間は顔がゆがむほどに。

子宮口は5センチ。

あと半分かぁ。

どんどん痛みは強くなりさすってもらわないと耐えられなくなってくる。

痛ぁ~いっと叫んでしまう・・。

涙が出てくる。

お昼前にまた診察。

子宮口は5センチから変わってなかった・・・。

うそでしょ?あんなに痛かったのに?

もうお昼だよ~!!

助産師さんに聞く。

わたし  「あとどのくらいで生まれますか?」

助産師  「ん~そうだなぁ・・夜までには生まれるかな~。」

よっ夜??

ありえない・・・昼には生まれると思っていたから頑張ってきたのに・・

こんなに痛いのにあと10時間くらい耐えないといけないの・・・?

それまで張っていた気が抜け弱気になる・・・。

もう耐えられない・・・

「無痛分娩にきりかえていいよね?」

と旦那サマにすがるように言った。

母親学級で途中からでも無痛にきりかえる事ができると聞いていたのでもう

耐える気力のない私は痛みから逃げたくてしかたなかった。

助産師さんに無痛にきりかえて下さいと頼むと外来が終わる13時30分まで

待ってねと言われたが待って楽になれるならと1時間半耐える。

気を失いそうな痛みが続く・・・。

14時前になり助産師さんが無痛の準備を始める。

飲み物が取れなくなるので左手に点滴。

やっと先生が来てくれて無痛の麻酔の処置が始まった。

旦那サマは外で待機。

やっと痛みから逃れられるはずのこの処置。

なぜか私は結局、自然分娩をすることとなる。

妊娠中期~後期の頃

安定期に入ってからはつわりもおさまり、食欲も出て元気にすごした。

6ヶ月から急にお腹が大きくなっていった。

8ヶ月になりお腹のはりが頻繁になりはり止めの薬をもらう。

ある日の夕方、お腹のはりが続くので薬を飲んでみた。

しばらくソファで横になっていたけど晩御飯の準備をしようと立ち上がる。

キッチンに向かって歩きながらふらふらしてる事に気づく。

心臓がバクバクして気持ち悪くなる・・・。

カップボードまで行き扉を開けて食器を取ろうとした時、目の前が見えなく

なってきた。

あっやばいな・・・っと思った次の瞬間。

意識を失い床に倒れた。

おしりを打った痛みで目が覚めた。

キッチンマットの上にへたり込むように座っている自分。

目の前には私を見ているルナ。

状況がわからなかった。

何をしていたのか思い出せない。

ルナに聞く。

わたし 「お母さん、何してた?」

ルナ  「・・・・?」  首をかしげる。

わたし 「そうか!サランラップを取ろうと思ったんだ!」

キッチンの引き出しからサランラップを取り出す・・・・ん?

違う!私倒れたんだ!!

本当に一瞬気を失っただけでしたが記憶が飛んだのにびっくりwobbly

左ひじに痛みがあり、おそらくカップボードから引き出していた炊飯器にひじを

ぶつけ、おしりから床に落ちていったみたい。

炊飯器が移動していたからsweat02

薬の説明書に副作用で動悸・息切れと書いてあったsweat02

まさか意識を失って倒れるなんて・・・。

初めての事だったし、お腹をぶつけてたらと思うとしばらく動けなくなった。

次の検診で先生にその事を伝えたら

先生 「もう飲むのはやめましょう。統計的にも早産の防止になっていないよう

     だから、はってきたら横になって安静にして下さい。」

なんだそりゃsweat02

そうして私は散歩もできなくなってしまったdown

妊娠期間中、元気に動けたのは6~7ヶ月の2ヶ月だけ。

その期間暇だったので短期の事務のアルバイトに行ってたくらい余裕だった。

家にじっとしているのがもったいなくてせっかくだからとユーキャンの医療事務

講座をすることにした。9ヶ月半ば。

ついでにお小遣い稼ぎに内職も始めた。

3月に入り、不思議な夢を見た。

夢の中でおへそからあかちゃんの右手が出てきて私の人差し指をにぎった。

そしてそのままお腹はあかちゃんの形になり私はあかちゃんを抱っこする。

お腹とあかちゃんはくっついたまま。

新生児にしてはかなり大きなあかちゃん。

おかしいなぁと夢の中で思う。

手も大きかった。あかちゃんにしては。

私はあかちゃんに言った。

わたし 「まだ生まれるのは早いよ。まだ1ヶ月先だよ!」

Baby  「そうなの?じゃあもう少しお腹にいるね。」

と言ってあかちゃんはお腹の中に帰って行った。

その戻っていく感じがやけに生々しく覚えている。

なんだかリアルな夢。

でもこれはBIGに生まれてくるよと教えてくれていたのだと後でわかる。

臨月に入り気づく。

今までなかった妊娠線ができている!!

そしてそれはあっと言う間に広がりお腹のおへそから下はスイカ模様になったcrying

その頃またしてもお腹が大きくなっていた。

かがむ事が苦しいくらいみぞおちのとこからお腹が膨らみ足元が見えなかった。

3月31日に最後の検診を受けた。

あかちゃんは降りてきているけど子宮口は閉じていてまだ生まれそうにない。

産道をやわらかくする薬を毎回入れられたのですがそれがなんとも痛くてsweat01

溶けるまで痛くて動けないくらいでした。

推定体重は3300gとの事。

私はゆうたんにずっと予定日に産まれておいでね。3200gくらいで生まれて

きてねといい聞かせてました。

出てくる時はつるんと出てくるんだよ!とも(笑)

4月5日はとぉとは神戸に結婚式に行かないといけないから生まれてはいけ

ないよ!

このお願いはことごとく叶わないのである・・・。

初ポカリスエット☆

お風呂上りにBeanStalkのポカリスエットをあげてみた☆

Img_3344_4 

なんだこれ~☆飲んでみよ♪

Img_3356

なんだよ~!!!おいちくないじゃんかぁ~dash

まだまだミルクボーイだねbleah

妊娠初期の頃②

<2007年8月10日>6週と0日

再び出血。

会社の仲間だった人と食事しに外出しただけなのに・・・。

膜のような塊が出てきてまさか・・・これが赤ちゃんだったらどうしよう・・・。

病院へ。

Img438_2

胎嚢は4日前よりずっと大きくなっておりその中に3ミリの赤ちゃんが見えた。

そして心拍も確認。

小さな小さなその心臓の動きを見た時、初めて私の中に赤ちゃんが生きて

いるのだと実感でき涙が出そうだった。

大きな黒い部分が胎嚢でそのまわりの黒いまだらが出血の跡。

この日は不妊外来が終わっていたので産科の先生に診てもらった。

その先生は「お母さん。これだけ出血してるから家では絶対安静だよ!トイレとお風呂

以外は寝ときなさい。それができなきゃ入院してもらうよ!」

・・・え?

そんな状況なの??

不妊外来の先生はそこまで言わなかったのに?

いわゆる切迫流産という事。

ただ講習で座っていただけ。

ただ食事に出ただけ。

それで出血してしまうなんて!!!

仕事をしていたらどうなっていたんだろう・・・。

この日から私は寝たきりの生活になる。

日々ひどくなるつわり。

吐き気がひどく食欲もない。

ひたすら寝るだけの時間。

昼は気持ち悪く寝ると時間が早く過ぎるので寝る。

そして夜は疲れていない為に眠れない・・・。

おとなしくしていても出血する事があり、その度に受診。

毎回赤ちゃんが元気な事を確認しては安心する。

<2007年9月10日>10週4日

Img434

ドラえもんみたい☆

だんだんと人間らしくなってきた♪

赤ちゃんの上にある黒い部分は出血の跡。

外には出てこなくても出血の跡はある。

この日出産予定日が2008年4月4日と決定☆

<2007年9月27日>12週と6日

Img433

前病院に戻る。

この病院の方が家から近いのとLDRで出産できるし、立会い出産に関しても

とても気楽な病院なのだ。

父親学級を受けなくてもその日になって急に立会いになってもOK!

だれが立ち会ってもOK!

全室個室☆

赤ちゃんと面会の人に対しても手を洗えば抱っこOK!

などいろいろと私の好みに合っていました♪

赤ちゃんはとても人間らしくなり足をびよんびよん動かしていたheart04

この頃から1週間くらい大きい子だった。

妊娠初期の頃①

<2007年7月28日>4週と1日

検査薬にて陽性☆

<2007年8月1日>4週と5日

病院では妊娠していたら5週目に入ってからきて下さいと言われていたのですが

旦那サマが一緒に病院に行きたいというので旦那サマの休みの日に少し早いけ

ど受診しました。

でもやっぱり早かったみたいで胎嚢は見えなかったdown尿検査では陽性でした。

いろんなブログを見ていてみなさんが4週目でも胎嚢が確認されていたので期待

していた私はがっかりthink

先生がまだ見えないのは問題ないと言ってくれたのでちょっと安心。

一週間後にくるように言われる。

<2007年8月2日>4週と6日

ハローワークに行き講習を受ける。

少しつわりの気持ち悪さがあるものの2時間なら大丈夫かと思っていましたが

途中からお腹に痛みを感じる。

ズキズキとして座っているのが辛くなる。

なんとか講習を終えて家に帰りトイレに入ると・・・少量の出血があった。

出血といっても茶色いおりもののような出血。

胎嚢が確認されていない状態での出血・・・。

一瞬流産の不安が頭をよぎる・・・。

どうしよう・・・とりあえず安静にしてみる。

病院に行くべきだと思ったが私の家からは病院は遠く1時間近く運転していくのが

怖かった。

旦那サマが帰宅して状態を伝えるととりあえず早く寝なさいと。

そして母に連絡し次の日に病院へ連れて行ってもうらう事になった。

<2007年8月3日>5週と0日

あれから出血はなくお腹に痛みもない。

病院へ行く途中、母が「どれだけ安静にしてもダメな事もあるよ・・。」というが私は

必死に神様にお願いをしていた。

お願いします・・私の赤ちゃんを守って下さい・・・。

そして受診。

先生に出血の事を告げ診察。

胎嚢のような黒い丸いものがいくつか見える。

先生は「この状態では赤ちゃんとは断定できない。出血の後のようにも見える」と。

「今の段階ではなんとも言えないけど流産の可能性もある」と・・・。

当初の予定の3日後にもう一度受診するように言われる。

もう一度尿検査をしたら前回より数値は上がってるから妊娠はしているらしい。

<2007年8月6日>5週と3日

あれから出血はなく痛みもない。

つわりの気持ち悪さだけが妊娠が継続されていると思わせてくれた。

旦那サマと一緒に病院へ。

怖かった・・・もう胎嚢が見えてもいいはず・・・

見えなかったら・・・

診察台へ。

画面に映る子宮の画像・・・・

先生 「赤ちゃんいますね!これが胎嚢です。少し出血の後があるけど無理を

    せずに安静にしていて下さい。また一週間後にきて下さい。」

        良かったぁ~~~~~~crying

その時のエコー写真↓

Img439_16 

嬉しくて嬉しくていつまでもエコー写真を見つめていました。

BCG

今日は三種混合の2回目を打ってもらいに病院にいったのですが、

私、どうも注射の順番を間違えたらしく三種混合より先にBCGをした方が

良かったみたいsweat02

BCGは6ヶ月までに打たないと無料でできないらしい。

じゃあ前回行った時にBCGからって教えてくれよ!!

受付でお姉さんに今日BCGできるからそうしましょうとおすすめされました。

ゆうたん、前回の三種混合は泣くこともなくケロッとしていたのだけれど・・・

さすがにハンコ注射を2回も腕にぐりぐりされたら泣くよなcryingsweat01

まぁすぐに泣き止んで笑ってましたがhappy01

乳児湿疹がなかなか治らないので前回ワセリンを処方されたのですがあまり

効果はなく未だにカサカサしてるというとステロイドを使えばすぐにひくけど~

って言われてやめた。

ステロイドは使いたくない。

ものすごくひどいわけではないのでとりあえず様子をみることに。

あせもと一緒になってるかもしれないからこまめに拭いてあげてねと。

私、肌が弱いから遺伝しちゃったのかな・・・。

生まれた時のあのプルンプルンなほっぺがかわいいのに・・・。

夏服を着せるようになってから手足もザラザラしだして。

妹に聞いたらこすれてなるんだけど心配ないよって言ってた。

妹だけど育児は先輩。

頼りになるわぁ~!

お風呂に入れて寝かせる体制に入っていたら長女&三女+お子ちゃん達がやってきた。

長女も私の会社で家を建て近所にいるのですが、三女はしょちゅう遊びにきてて

今日はゆうたんに会いたくて夜に襲撃にきたのである。

長女の子・こっちゃん小2(男)と三女の子・くぅちゃん4歳(男)が仲良しで兄弟のように

いつもくっついて遊んでます。くぅちゃんはこっちゃんを崇拝してる(笑)

ゆうたんとくぅちゃんも4歳違うから4年後はこうなってるのでしょうか☆

いつも私とルナとの生活に慣れているゆうたんはお兄ちゃん達の騒がしい声に

きょとんとしてました。

三女がずっと抱っこしてくれてたので私はさっさっとご飯を作り食べた。

旦那サマはいつも帰りが遅いので母子家庭状態の我が家は今日はとてもにぎやか。

でも21時には寝るはずのゆうたんは興奮したのかみんなが帰ってから異常に笑い

一人手足をばたばたさせハッスルタイムに入ったsweat01

なんとか21:30には寝てくれて良かったcoldsweats01

三女の旦那サマも出張が多く母子家庭状態なので長女の家によくお泊りをして

一緒にあっちこち遊びに行ってるようです。

うちの姉妹はこうしていつも一緒に過ごす事が多いので楽しいです☆

結婚すると友達とはなかなか都合が合わず年に1~2回会うかな~くらい。

友達より気を使わずなんでも話せるし♪

昔はよくけんかをしたけど大人になったらこんな関係になれて良かったと思う。

子供達も大きくなってもこうしていとこ同士仲良くしてくれたらいいな☆

不妊治療②

<2007年1月>

初めてのタイミング法・・・・妊娠に至らず。

<2007年2・3月>  ・・・・  同上。3月に通気の検査をするが問題なし。

なんでできないの・・・?

フーナーテストも合格だし、内膜も大丈夫だし、排卵だってちゃんとしたのに。

<2007年4月>

それまで14日目で排卵してたのが遅れだし、18日目に排卵。

結果、妊娠に至らず。

先生は排卵が遅れると卵の質が落ちると言ってた。

私はもともと18日目くらいが排卵日だったので結局は無排卵にならなくても

妊娠しずらかったのだと知った。

そしてクロミッドを2錠に増やす。

卵管造影検査をしてみるが私は子宮までにチューブが入りにくいらしく、

通気検査の時も先生は苦労して、私は痛くて大変だったので今回も

中々チューブが入らず・・・やっと入ったもののその状態を保つ事が

できないくらい痛くて断念・・・。

子宮口をひっぱりバルーンで広げてチューブをいれたと言ってました。

足が痙攣し始めて吐き気がしてきて・・・

先生に無理にするのはやめましょうと言われました。

まだ若いからあせらなくてもいいじゃないと。

健康な男女でも1年で妊娠できるのは2割だよって。

<2007年5月>

薬が増えた為か卵胞が3つできた。

三つ子の覚悟を決める。

その内の二つが排卵したと聞き、双子の覚悟を決める(笑)

・・・やっぱり妊娠に至らず・・・。

この病院は産科と婦人科が分かれており、建物も隣にあって

私は生理不順から始まったので婦人科に通院していました。

先生はいつも「生理が来たら5日目にきてね。」と言っていたので

もし妊娠したら産科にいけばいいのだと思ってた。

生理が来た為、また婦人科に行き待合で待っていると私の前に

若い夫婦がいた。

奥さんが診察室から出てきた時にエコーの写真を持っていた。

私はそれが気になって二人の会話を聞いていたら・・・

「7週目だって。」

・・・?あれ?赤ちゃん?

なんで妊婦さんがここにいるの?

旦那さんは愛おしそうにエコー写真を見つめて幸せそうな二人。

先生に聞いたら安定するまではここで診察をするみたいでした。

私はその二人の後ろ姿、その手にあるエコー写真。

そこに映っている赤ちゃん。

全てがうらやましく、そしてよけいにつらくなってしまった。

やっぱり卵管が詰まっているのではないかと思い、どうしても

検査がしたくて不妊外来専門のある病院へ転院。

そこは前病院とは違い一人ひとりちゃんと話をきいてくれて、

これからどういう治療をしていきたいかなどとても親切でした。

今までの治療内容を伝えると先生は「タイミング法も6回してダメ

だったら可能性は低くなるよ。」と。

だけどうちの旦那サマは人工授精はしたくないと言っていた。

神様の領域に入ってはいけないと。

・・・なんだよ・・それ・・。

とりあえずまたタイミング法+クロミッド2錠でやってみようという事に。

そして卵管造影検査の予約をする。

<2007年6月>

ドキドキしながら検査を受ける。

やっぱり入りづらそうではあったものの、前病院のような処置はなく

痛みもない中チューブが入った!

看護婦さんが先生が来る前に私に「うちの先生は上手だよ。」と言っていた

のが本当だった。

すごく痛いと聞いていたのでかなりびびりまくりの私。

造影剤が入っていく・・・うっうぅぅ~!!!

なんと言えばよいのだ?この痛み!表現できない・・・

先生が優しく頑張れといってくれたので涙をこらえて耐える・・・

結果は問題なし。

痛かったもののなんとか耐える事ができ良かった。

卵管が狭い人はそうとう痛いらしいので私はかわいいものだったのだろう。

この検査後はゴールデン期間といって妊娠しやすいと聞いていたので

妊娠への期待は膨らむheart02

そしてまた二つの卵胞ができた。

またまた双子の覚悟を決める!

双子なら出産一回で済むからいいやなんて。

(ちなみに旦那サマは二卵性の双子です)

がしかし・・・妊娠には至らず・・・

やはりもう可能性が低いのかな・・・人工授精にステップアップするべきかな・・

旦那サマに相談。

毎回検査薬をみて悲しむ私をみてきた彼はダメだなんて言えなくなっていた。

前の奥様とは自然にすぐ3人の子を授かった為やっぱり考えるところがあった

ようです。

人工授精の説明をじっくりして自然妊娠となんら変わりないんだよと説得。

でもあと1回だけタイミング法で頑張ってみよう。

それでダメだったら次は人工授精にすると約束してくれた。

<2007年7月>

7月6日  いつものように生理5日目に病院へ。

       クロミッドの袋に目をやる。

       朝晩1錠づつと書いてある。・・・・?

       あれ?前の病院では一回で2錠飲んでいたから気にもせずに

       前回もそうしていた私。

       何が違うのかわからないけどとりあえず朝晩に分けて飲んだ。

7月13日  排卵チェック。

       検査台へのり、カーテン越しに先生の声が聞こえる。

       カーテンの横にはTV画面がありそこに画像が映つる。

       もう何度も見てきたから私にははっきりわかった。

       画面には今まで見た事のない大きさの綺麗な卵胞が一つあった!

       24ミリ。

       たくさんできたときは一つが17ミリくらいのが何個もあったので

       思わず「うぉ~おっきい!」と叫んだら先生は「クロミッド使ってたら

        毎回このくらいは欲しいんですよ。」と冷静だった(笑)

       2錠飲み始めてから初めての大きな一つの卵胞。

       毎回右からの排卵だったのに今回は左から。

       私はその卵胞がもう我が子のようでうれしくてたまらなかった。

       なんだか今回はいけそうな気がした。

7月17日  突然の会社倒産。

       業績が悪かった為いつかはくると思っていたその日はいきなり

       やってきた。なんとも言えない辛い状況。

       会社のみんなといきなりの解散。

       大好きだった仕事。大好きだった仲間。

       今までのお客さまの顔が浮かぶ。・・・申し訳なくて・・・。

       業者のみんなにもどんな顔で会えば良いのか・・・。

              倒産といっても朝来たら役員が消えてた!という感じではなく

       朝、会議室に集められ倒産の説明を受け、社長が謝罪された。

       この日までのお給料と解雇予告金と退職金が出された。

              契約が取れなかった為、銀行に融資を断られ役員会でこれ以上

       借金を増やすのはやめようと判断し、会社は倒産。

       社長は自己破産する事になった。

       社長の保険を解約してみんなにお金を払ってくれたようです。

       残念な形になったものの、私は長い間お世話になってきたし、

       私の家も安く建てさせてもらい、最後にきちんとお金を用意して

       下さった社長に感謝の気持ちを述べてお別れしました。

              みんなはすぐに次の就職先の手配にはいっていましたが、私は

       妊娠の可能性があった為とりあえず時を待つことに。

7月28日 排卵から2週間。検査薬で結果をみてみる。

      朝、いつものように体温を測る。もともと基礎体温が低い私は

      36.6度が高温期の平均。いつもなら生理の3日前から体温が

      下がり始めるのだが今回は下がる事なくこの日も高いままだった。

      寝ている旦那サマを起こさずに一人トイレへ。

      もう何回この状況に落ち込んできただろう。

      ドキドキしながら結果のでる窓を見てまっしろなその窓に・・・

      今回もきっとダメだ・・尿をかけてふせて時間を待つ。

      チラッとのぞく。・・・ほらね、やっぱりまっし・・・ん・・?

      

      うぉ~!!!!線が出てるぅっっ!!!

       その声に起きてきた旦那サマに飛びついて大喜びでした。

きっと私なんて不妊といってもかわいいもので苦労なんて言えないくらいだったの

かもしれない。

だけどすぐにできると思っていた私にとってこの7ヶ月はとても長く、仕事を抜けて

病院へ何度も通い、毎回ダメだった事を会社の子に言わなければならない状況は

本当につらかった。

まわりの人が自分に気を使ってくれてるのがかえってプレッシャーに思えたり・・

仕事でのストレスもあった為によけいでした。

神様はそんなわたしから仕事を取って変わりにかわいい赤ちゃんを授けてくれた。

あのまま仕事をしながら妊娠は難しかったのかもしれない。

ルナを迎え、大事な時期を家ですごした事が良かったように思う。

そしてこの後絶対安静を言われる事となるのでよけいに仕事はなくなって良かった

のだと思う。

不妊治療①

先生に言われた通り2周期薬にて様子をみた。

薬を飲み終えたら2~3日で生理がくると言われていた通りきっちりやってくる。

生理痛もあり、もう大丈夫♪なんて思い病院へ。

先生  「うん。整いましたね!順調②」

わたし 「良かった♪じゃあ赤ちゃんできますよね?」

先生  「え~っとそっか~赤ちゃん欲しかったんだよね~。

      今の状態では自然に排卵する力がないのでクロミッドという薬で排卵させる

      方法がいいと思います。」

わたし 「・・・えっ?治ってないんですか?」

先生  「この2周期の生理も排卵はしてないのよ。薬で周期を整えただけだから。」

わたし 「そっそうなんですかぁ~!私、排卵しなくなってるんですか・・?」

先生  「そうだね~。したとしても排卵までに時間がかかって妊娠するのは簡単には

      いかないと思います。」

わたし 「・・・その薬を使えば排卵して妊娠できますか?」

先生  「そうだね。絶対とは言えないけど内膜も問題ないし、排卵させるホルモンの

      数値がちょっと低いくらいだから大丈夫だと思うよ。」

わたし 「じゃあ薬使います!!」

先生  「この薬はたくさん飲めば多胎児の可能性も出てきます。それでもいいですか?」

わたし 「・・・でも飲まないと妊娠は難しいんですよね・・?・・・使います。」

先生  「とりあえず生理5日目から1錠を5日間から始めましょう。1錠なら多胎の

      可能性はほとんどないから。」

という事で不妊治療が始まった。

といっても私・・不妊なの?という感じでまだ深刻さもなく薬を使えばすぐにでも赤ちゃんは

やってくる♪と思ってました。

12月末頃だったと思いますが卵胞チェックを受けて、初めて見る自分の卵胞は見方が

よくわからなくて・・・

先生が「1個いいのができてますよ」と言われた時に確か卵子は1ミリもない大きさのはず

なのになんでわかるのか不思議でした。

画面に映っていたのは卵胞でその中に卵子があったわけです。

卵胞はたしか20ミリくらいだったかな。(そりゃ見えるよなsweat02

「今日タイミングとってみて下さい。」

・・・?タイミング?

頑張れ!!という事かぁ・・・ぽっlovely

いよいよ子作りスタートだぁ!!!

年末年始とお腹に赤ちゃんがいると思い込んで過ごし、それはそれはわくわくと

楽しくてうれしくて愛おしくて。

今、できてたら生まれるのは~9月かなぁとか。

まだまだ暑い時期だから出産大変だなぁなんて。

しかし不覚にもお正月が終わる頃、風邪を引いてしまいました・・・

赤ちゃんがいるかもしれないから薬は飲めない。

でもものすごくしんどい・・・

とりあえず病院に行って相談してみよう。

と病院へ。

妊娠の可能性がある事を告げると先生は診察もせずに「出せる薬はありません。

死ぬ事はないから我慢するしかないね。」と。

・・・やっぱりdown

それから3日ぐったりwobbly仕事も休むはめに・・・

のどがいたくてきんかんののどあめをなめまくり・・・

食欲もなくせきが続き・・死ぬのか?なんて思いつつ・・・

でも赤ちゃんに何かあったらダメだから我慢するのだ!

そんな風にして風邪を乗り切ったのに・・やってきちゃった生理さん。

いつものようにつらい生理痛とできてなかったという悲しさとでへこみまくりdown

なんだか絶対赤ちゃんがいる気がしてた。

1回でできると思ってた。

私は4人姉妹の次女。

長女に一人・三女に二人・四女に二人子供がいます。

長女はとくに生理に問題はなくて、下の二人は3ヶ月から6ヶ月に1回の生理。

とくに三女は私のように無排卵月経と高校生の頃から言われてて、子供を

作るときは薬を使わないとできないと言われていた。

のに!生理がくる前に結婚一年目に妊娠。

たまたま奇跡の排卵がおこり、たまたまその日にheart01があり妊娠したのですshine

先生もホルモン数値から奇跡だなって言ったらしい。

二人目も中々できなかったけどやはり生理がくる前に妊娠。

2度目の奇跡の排卵とタイミングでできたのです。

四女も問題なく二人を妊娠。

だから生理不順でも無排卵になるまではちゃんと排卵があったわたしは大丈夫って

薬で排卵さえうまくいけば妊娠できるって思ってた。

ここからが本当の私の不妊治療の始まりとなる。

不妊治療の始まり

私は2004年12月に結婚しました。

旦那サマとは約2年の交際をしてのゴールイン☆

私が勤めていた会社は住宅会社で高校卒業してずっと勤めてきました。

コーディネーターの資格はもっていませんでしたが(商業高校出身なのでsweat02

ホームアドバイザーとして働いていました。

お客様のおうちを設計したり、色決めから現場の検査まで完成するまでの一連の

仕事に携わり本当にやりがいのある仕事でした。

そんなわたしの夢はマイホームを持つ事。

結婚してマイホームを持つ事は旦那サマとの一致の思いで、すぐにでも建てて

しまいたい気持ちでいっぱいでしたが・・・

やはり一生に一度の事なのである先生に建てて良い時期や方位などをみていただき

ました。

先生の見解としては2005年は良くない。2006年2月3日を過ぎたらいつ建てても

良いとのこと。

一年もお預けをくらった私はがっかりdown

でもせっかく建てるのだから良いといわれる時期を待とうと思いました。

赤ちゃんについては家が完成してから作ろう!なんてその頃は簡単に考えており、

とりあえず一年は二人の時間を楽しもうと♪

そして2006年がやってきて待ってましたとばかりに着々と事を進め9月末にめでたく

入居しました。

私の気持ちとしてはもうできてもいいかと思いだしたのはその年の7月くらいから。

新居の工事が始まった頃。

でも引越しの時に妊娠していたら大変かな~?と思い、まぁもう少し先でも・・

8月に入りいろいろと工事の事でトラブルが出てしまいハラハラ・イライラしてしまい

生理がおかしくなってしまった・・・

おそらく排卵の頃かなという時に少量の出血が続き・・・

排卵出血かな~と思いつつもちょっと心配になり病院へ。

先生  「生理ですね。」

わたし 「・・・まだ2週間しかたってませんけど???」

先生  「排卵に失敗したかな~?次の生理がちゃんとくれば心配ないですよ!」

と言われじゃあ時を待つかと。

そして次の生理は3週間でやってきた。

先生は3回続いたら心配しないといけないと言っておられました。

・・・私はもともと生理不順でしかも生理周期は35~40日と長く3週間でくるのは

やはりおかしい・・・でも前回より一週間長くなったからもう少し様子をみよう。。。

・・・その次の生理も2週間でやってくる・・・shock

いつも周期長い私としてはこんなに頻繁にこられては貧血を起こしそうだった・・crying

もともと出血量もとても少なく3日で終わってしまうくらいなのにこの頻発生理さんは

きっちり(少量ではあるものの)一週間あった。

おまけに生理痛もあるのにその時の生理にはなかった。

おかしいのはあきらかであったけど・・・もう一回だけ様子を見てみる。

・・・・・・また2週間でやってこられました・・・・・・・・。

これはダメだなと再び病院へ。

先生  「ん~無排卵月経ですね。とりあえず薬で生理周期を整えましょう。頻繁に

     くるのは面倒でしょう(笑)」

わたし 「なんでこんな事になるんですか?」

先生  「何か変わった事はありますか?ストレスとかたまってませんか?」

わたし 「家を新築しました。まぁいろいろ大変でしたからそれですかね・・?

     あの~赤ちゃん欲しいんですけど~大丈夫ですか?」

先生  「それは困ったね~。とりあえず2周期は薬で生理を整えて様子を見ましょう。」

その時の私はまだ整えれば大丈夫なんだと思って気楽に思ってました。

     

バンボがきた!

インターネットで注文していたバンボがきましたnote

前から欲しかったんだけど~

高いから悩んで買わずにきたのだけれど・・・

オークションで安く落とせないかと狙ってみたのですが・・

中古でも4000円台になって送料+振込み手数料を足したら

新品とあんまり変わらなくてsweat02

トイザらスで買ってしまったhappy02shine5999円

では、さっそくゆうたんを座らせてみましょう☆

Img_3308_7

ぶはははは~かわいいじゃんheart02

本人はなんの事?ってな感じですがsweat02

二重あごがすごいわね・・(これも生まれた時からだけどsweat01

そして、いきなりやられましたshock

座らせる直前におしりからいい音がしたのですが、嬉しくて座らせて

しまった所・・・○んちが・・・はみだしてましたcrying

ちょびっとだったけどついてしまったsweat01

あ~ぁ・・・やれやれdown

ちなみに髪の毛はピンでまとめてますが男の子ですwink

生まれた時からふさふさの髪の毛は1ヶ月の頃から立ち始めて

今では総立ちでございますsweat01

ガレッジセールのゴリみたいな髪型になるのよねぇ・・・

ドライヤーでねかそうとしても無理coldsweats01

いつになったらおさまるのでしょうか。。

今日はいろんなとこで花火大会があります.。

先週も行ったけどゆうたんにはまだわからないもんね・・・

ベビーカーに虫除けネットをして背中には保冷材のシートを敷いて

ゆうたんはほとんどすやすや眠っていました。

起きても泣くことなくおりこうさんでした。

今日も近くであるし、とぉとがお休みだからドライブがてら花火だけ見に

行こうかなぁ~。

きっとゆうたんは寝てしまうだろうけど、ま、それはそれで良し☆

トラックバックって・・?

タイトルの通りトラックバックの意味がいまいち理解不能・・

何をする為に必要なの・・??

RSSもなんとなくわかるけど・・でもわからないsweat02

まぁそのうちに・・なんとかなるpunch・・多分bleah

さてさて、今日はとりあえずわたしのたからもの☆家族紹介をします!

まず、one旦那サマ

わたしより8歳年上の39歳。明日誕生日なので40歳になりますが・・

関西出身の彼はまぁよく出来た旦那サマで、家事をいろいろ手伝って

下さいます。B型なのにものすごく几帳面で私より綺麗にきちんと

いろんな事をこなされます。(一部そうでないとこもありますが・・)

実は・・バツイチさんなんですねぇ。

前の奥様との間に3人のお子ちゃんがいらっしゃいます。

中2の長男、小6の次男、小5の長女さん。

私たちが結婚するにあたりこのお子ちゃん達のことでまわりから

なんやかんやありましたが基本的に私はこのお子ちゃん達と

仲良しですし、旦那サマとお子ちゃん達が会う事に関しても

全く問題ございません。

我が家にもお泊りにくるし、正月やお盆などはお子ちゃん達と私達夫婦で

一緒に旦那サマの実家に帰省してます。

中には前のお子ちゃん達と接するのが嫌な奥様もいるのかもしれないけど

私はこんな性格だからきっとこの結婚もうまくいったのかな。

そしてtwo愛犬ルナちゃん(ミニチュアダックスフンド メス1歳)

実は私・・去年の7月に勤めていた会社が倒産しまして・・・wobbly

悲しみのあまり・・勢いで次の日にペットショップへ行きこのルナさんを

我が家へお迎えいたしましたnote

私の実家では小さい頃からずっと動物がいて、3年前に最後のワンコが

亡くなり・・それ以来ペットがいませんでした。

やっぱり家族同然の存在ですから亡くなるのがつらくてもう飼わないと

母が決めたのです。

でも、うちの家族はみんな動物が好きだしやっぱり癒されるんです。

犬が飼いたくて・・・でも仕事してるから子犬の時はしばらくは一緒にいて

あげないとかわいそうだという気持ちとまた失うつらさとで飼えずにきたの

ですが。。。

幸か不幸かsweat01会社が倒産down

私は家にいる事になってしまったので我慢してた気持ちが抑えられずに

なったのです(笑)

いろいろやらかしてくれますが可愛い我が子ですheart04

そしてそしてthree愛する息子 ゆうたん

2008年4月5日に4096gで誕生しましたshine

不妊治療から出産に関してはまた詳しく書きたいとおもいます。

現在3ヶ月ですくすくと大きくなり(生まれた時からだけどsweat01

元気いっぱいのゆうたんですhappy01

Img_3294  

はじめまして☆

やっとtwoブログデビューshine

わたしは10月で32歳になる新米ママですscissors

もっと早くにブログを立ち上げたかったのですが・・・

旦那サマの妨害sign02があり中々出来ずにきましたsweat02

今日までの事、これからの事どんどん書いていきますheart04

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